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創立75年目の危機 
創業75年を迎えた1945年、ドイツ銀行は存亡の危機に立たされていました。第2次世界大戦の終結により、旧ソビエト地帯で起こったように国有化の道を選ぶか、地域レベルで細分化の道を選ぶか、選択を迫られたのです。

結局、1947年から48年にかけて、ドイツ銀行は10行に分割されました。この際、「ドイツ銀行」の名称を残すことは許されませんでした。
ドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)の誕生後、こうした状況は変化していきました。ハーマン・J・アプスの多大なる貢献によって、ドイツ銀行は統合に向けて大きく前進しました。まず1952年に承継された10行は、ハンブルクのノルトドイチェ銀行AG、デュッセルドルフのライニッシェ・ヴェストフェーリッシェン銀行AG、ミュンヘンのズュードドイチェ銀行AGの3行に統合されました。そして、1957年には、これら3行が統合し、ドイツ銀行の再生が実現しました。
ドイツ銀行にとって、1950年代はその後の銀行業務の命運を決めるうえで重要な時期となりました。1950年代末にリテール分野の基盤を大きく強化するまで、商品戦略の果たす役割は比較的小さく、代わりにドイツが債務国から債権国に移行したことを背景に国際的な資金調達業務の重要性が高まっていました。1958年、ドイツ銀行の支援のもと、南アフリカのアングロ・アメリカン・コーポレーションがおこなった外貨建て債券の発行は、外国企業のドイツ資本市場への復帰を表す象徴的な案件となりました。
法務・法規に関する重要事項  |  最終更新日  29. Dezember 2006
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