20世紀を迎えて - 本格的な支店ネットワークの構築
ドイツ銀行は1890年代後半、新たな拡大期を迎えました。大手地方銀行との提携を進めることで、ドイツの主要産業地帯への足がかりを築きました。しかし、合併による集中と再編が進んでいた当時のドイツの銀行業界にあって、ドイツ銀行は独自の支店網を急速に拡大するには到りませんでした。1886年のフランクフルト支店、1892年のミュンヘン支店に続き、1901年にライプツィヒとドレスデンに支店を開設しました。
一方、諸外国との取引促進を支援することの価値をいち早く見据えていたドイツ銀行は、1886年、外務省の働きかけを受け、ドイチェン・ユーバーゼーイッシェン銀行を設立しました。さらに3年後の1889年には、新設されたドイチェ-アズィアーティッシェン銀行に資本参加もおこなっています。
フランクフルター新聞が「ドイツ銀行は世界最大の銀行」と報じた矢先の1914年春、躍進を続けていたドイツ銀行に転機が訪れました。第一次世界大戦の勃発により、それまで成功へと前進していた勢いは衰え、大戦後には、銀行業界を取り巻く環境は大きく変化していました。ドイツを激しいインフレが襲い、ビジネスの回復には程遠い状況でした。
第一次大戦直後は、清算の時代でした。海外資産の大半を失い、その他の保有資産も売却を余儀なくされた戦後期。こうしたなかにあっても、その後長期にわたって大きな影響をもたらす新しいビジネスが生まれました。ドイツ銀行は、映画制作会社ウファの設立およびダイムラーとベンツの合併に大きな役割を果たしました。